年金の繰り上げ・繰り下げ受給、どっちにする?

目次
1. 制度の概要
2. 繰り上げ、繰り下げ受給において考慮すべき点
 2.1 生涯受給総額
 2.2 収入の有無・資産状況
 2.3 他の年金への影響
3. まとめ

日本人の平均寿命は医療の進歩や食生活の変化により延び続けており、人生100年時代という言葉を耳にしたことがある人も多いと思います。

定年での引退後、何十年と続く老後の生活を支えるものとして皆さんが第一に考えるものが「年金」だと思います。老齢年金(厚生年金・国民年金等)は老後生活の基盤であり、とても重要な収入源となります。こういった状況の中での年金の繰り上げ・繰り下げ受給にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?

⇒ 計算ツール:公的年金の繰上げ・繰下げ受給 いくら変わる?

1. 制度の概要

まず、繰り上げ・繰り下げ受給について簡単に制度を紹介します。現行の年金制度では老齢年金の受給開始年齢は原則65才となっていますが、年金の繰り上げ・繰り下げ受給というのはこの本来の受給開始年齢を早めたり(繰り上げ)遅らせたり(繰り下げ)して年金受給をする制度です。ただし、繰り上げ受給では本来の年齢より早く受給する分、本来の年金受給額から減額されます。減額率は1か月の繰り上げにつき0.4%です。逆に繰り下げ受給では、本来の年金受給額から増額されます。増額率は1か月につき0.7%です

60歳から繰り上げ受給すると、0.4%×60ヶ月=24%減額され、本来もらえる額の76%まで減ることに、逆に70歳まで繰り下げ受給すると、0.7%×60ヶ月=42%増額され、本来もらえる額の142%に増えることになります。

たとえば、65歳から老齢基礎年金、老齢厚生年金を受給できる人が61歳3か月時に繰り上げ受給の請求をすると、45か月の繰り上げとなり、年金額が22.5%(=0.5%×45か月)減額されます。
また、65歳から老齢基礎年金、老齢厚生年金を受給できる人が繰り下げ、69歳5か月の時点で繰り下げ請求をすると、53か月の繰り下げとなり、年金額が37.1%(=0.7%×53か月)増額されます。

繰り上げ、繰り下げ受給において考慮すべき点

続いて、繰り上げ・繰り下げ受給を行なう場合に考慮するべき点について考えていきます。なお、繰り上げ、繰り下げ受給の請求後に取消しや修正はできず、一度決まった減額率、増額率による年金を生涯受け取り続けることとなります。

2.1 生涯受給総額

老齢年金は終身で受給することができるので、繰り上げ受給や繰り下げ受給をした場合、受給総額が逆転するのはどこかも考える必要があります。

■65歳から受給した場合と62歳に繰り上げ受給した場合の比較
3年(36か月)の繰り上げ請求を行なうので、年金受給額が18%(=0.5%×36か月)減額となります。この場合78歳8か月を超えて生存すると、繰り上げ受給した場合の受給総額が本来の受給総額を下回ります。つまり78歳8か月を超えるまで生きる場合、繰り上げ受給しない方が受給総額は多くなります。

■65歳から受給した場合と68歳に繰り下げ受給した場合の比較
3年(36か月)の繰り下げ請求を行なうので、年金受給額が25.2%(=0.7%×36か月)増額となります。この場合79歳10か月を超えて生存すると、繰り下げ受給した場合の受給総額が本来の受給総額を上回ります。つまり79歳10か月を超えるまで生きる場合、繰り下げ受給した方が受給総額は多くなります。
*毎年の年金受給額が変わらない前提で計算していますが、実際の受給額は少しずつ改定されます。

このように比較すると、長生きすればするほど繰り上げ受給をせずに繰り下げ受給をした方が受給総額が増えるためメリットがあるように感じますが、そもそも何歳まで生きるのかは誰にもわからないため、自分自身のライフプランや資産状況等によって判断する必要があります。

2.2 収入の有無・資産状況

繰り上げ受給は受給額が減額されるというデメリットはあるものの、本来の受給開始年齢である65歳より早く受給を開始することができます。60歳~65歳の間に所得や資産が少なく経済的に厳しい状況にある場合、安定した収入を確保できる点は大きなメリットとなります。

一方、繰り下げ受給は受給開始が遅れるというデメリットはありますが、受給額が増額されるので長生きした場合に増額された年金を受給し続けることができる点は大きなメリットとなります。60歳以降も安定した収入がある、またはすでにまとまった資産があるという人はこちらを選択しやすいでしょう。

2.3 他の年金への影響

〔繰り上げ受給〕

■在職老齢年金
現在の「老齢厚生年金」の仕組みでは、会社などに勤めていて「一定の収入」があると年金額が減額される「在職老齢年金」という制度があり、在職老齢年金も繰り上げ受給・繰り下げ受給の両方ができます。また、給与(総報酬月額相当額)との関係で支給停止の調整を行った後の年金額が減額分・増額分の計算対象となります。就労しながら繰り上げ受給を行うと、在職老齢年金により支給調整された年金額(報酬比例部分)が繰り上げの減額の対象となります。支給停止分がない人は影響を受けませんが、支給停止分がある人はご注意ください。

■障害年金
障害年金は障害の原因となった疾病、負傷の「初診日」の前日における保険料納付状況と、その1年6か月後の「障害認定日」の状態により受給の有無が決定します。この障害認定日に障害年金に認定されなかったものの、その後障害の悪化により再請求することを「事後重症」といいます。事後重症は65歳まで請求できますが、繰り上げ請求すると65歳前でもその時点以降は請求できなくなります。

■寡婦年金
国民年金に加入していた夫が死亡した場合に、18歳までの子がいると遺族基礎年金が遺族に支給されますが、該当する子のない妻には支給されません。寡婦年金はこうした遺族基礎年金の受給権のない妻に支給される年金で、60歳~65歳の期間受給できますが、繰り上げ請求した時点で受給できなくなります。

■付加年金
老齢基礎年金とともに付加年金を受け取れる場合、付加年金も同じ率で減額されます。
*付加年金は、月額400円の付加保険料を納めていると、「200円×その納めた月数」を受け取れるものです。

〔繰り下げ支給〕

■在職老齢年金
繰り下げ受給をする場合は、繰り下げ受給開始までは実際には年金を受給していないことになりますが、65歳から受給を開始したものと仮定して、在職老齢年金制度による支給停止額を算出し、残りの停止されない部分について増額の対象となります。繰り下げ受給開始までの平均支給率をもとに算出することになりますので、在職中の給与や賞与の額が変わると、繰り下げで増額される年金も変わることになります。

■加給年金
厚生年金に20年以上加入していた人が受給する老齢年金では、年下の配偶者がいると65歳から加給年金が上乗せ支給されます。繰り下げ請求して66歳~70歳から受給する場合、老齢年金は増額されますが加給年金については増額の対象にはならず、結果として繰り下げた期間分の受給額を受け取ることができなくなります。

まとめ

ここまで様々な視点から老齢年金の繰り上げ・繰り下げ受給について見てきましたが、一概にどちらが良いかを判断することは難しいことがおわかりいただけたと思います。退職金や保有資産、老後のライフプランなどを考慮して、ご自身に合った年金の受け取り方について考えてみてください。

※2022年7月1日時点の法律を基準としています